1982年に初めて当院に脳神経外科医が常勤医として勤務してから、約38年が経ちました。その窓口を、「脳疾患治療部」、「脳卒中センター」と変更しながら、脳神経疾患の診療にあたって参りました。このたび2020年1月1日より、従来の「脳卒中センター」を「脳神経・脊髄疾患治療部」と改称して新たにスタートすることにいたしました。脳卒中の他にも、外傷、脊椎・脊髄疾患、機能脳神経外科(てんかんやパーキンソン病など)、認知症など、診療の内容が多岐にわたり、「脳卒中センター」という名称は我々の診療内容を反映していないのではないかと考えたのが名称変更に至った理由です。
しかし昨年のデータを見ましても、脳神経外科医が関係した入院患者さんの約40%は脳卒中の患者さんです。名称は変わっても脳卒中診療は私たちの診療の要です。新たにスタートする「脳神経・脊髄疾患治療部」の中に「脳卒中センター」を残しました。そして、脳血管内治療に従事して参りました伊藤理(いとう・おさむ)医師が新たにセンター長に就任いたしました。伊藤医師は脳血管内治療専門医・指導医として豊富な経験を有します。伊藤医師の後任の脳血管内治療科部長には阿部悟朗(あべ・ごろう)医師が就任いたしました。阿部医師は脳血管内治療専門医であるとともに、脳卒中直達手術の経験も多く、直達手術、脳血管内治療の両面から積極的に脳卒中に関わって参ります。
前脳卒中センター長の鈴木聡(すずき・さとし)は、脳神経・脊髄疾患治療部本部長として全体の活動を統括して参る所存です。日本脳卒中の外科学会技術指導医として脳血管障害の直達手術に携わるとともに、腫瘍、脊椎・脊髄疾患の診療にも関わってゆきます。
脳神経外科部長は引き続き尤偉郁(ゆう・いえ)医師が担当します。内視鏡を用いた脳血管障害治療に積極的に取り組むとともに、脳卒中後の痙縮に対してボツリヌス毒素による治療を行って成果を上げています。
機能脳神経外科部長の石橋秀昭(いしばし・ひであき)医師は、福岡でも数少ないてんかん専門医として、てんかんの診療にあたっています。てんかんだけでなく、パーキンソン病に対する深部脳刺激装置埋め込み術など幅広く機能脳神経外科に従事しております。
脳神経・脊髄疾患治療部の医師5人はすべて日本脳神経外科学会の専門医です。専門性を持ちながらも、脳神経外科全般についての十分な知識を持っております。従来通り脳神経外科疾患一般も対応して参ります。
「脳神経・脊髄疾患治療部」は従来同様、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟とも密に連絡を取り、急性期から慢性期までシームレスな治療を目指します。医師のみでなく看護師やリハビリテーションスタッフ、社会福祉士など多くのメンバーも加わり、チームとして診療にあたっています。日・祝日以外は毎日症例検討会を行って情報を共有し、最適の治療法を探します。また、毎週金曜日にはリハビリテーションスタッフが中心となって症例検討会を行い、亜急性期から慢性期患者のゴールをいかに設定するか検討しています。脳神経外科医5人は、九州大学脳神経外科が主催する九州脳神経外科コンソーシアム(九州大学脳神経外科医局)に所属し、当院は九州大学脳神経外科連携施設(関連病院)として日本脳神経外科学会の研修プログラムに組み込まれています。また、日本脳卒中学会より教育訓練施設の指定を受けています。昨年は一次脳卒中センターとしての認定も受けました。
当院「脳神経・脊髄疾患治療部」の特色としては下記のことが挙げられます。
➀急性期脳虚血に対する血行再建
2005年にようやく日本でもアルテプラーゼ静注療法が保険適用となり、いまでは多くの施設がこの治療を行っています。しかし、この治療法も万能というわけではありません。細い血管の閉塞に対しては非常に有効ですが、内頸動脈や中大脳動脈起始部など太い血管の閉塞では十分な効果を発揮することが出来ません。2014-15年に相次いで発表されたランダム化試験で、発症6時間以内の虚血性脳血管障害ではステント型レトリーバーによる経皮的血栓回収療法が有効であることが証明されました。これに伴って従来は、「頭部CT→アルテプラーゼ静注」という流れであったのが、「頭部MR/MRA→アルテプラーゼ静注→必要に応じて経皮的血栓回収療法追加」という流れに変わってきています。アルテプラーゼ静注療法に比較して経皮的血栓回収療法は、より専門的なスキルを必要とするため、この一連の治療が可能な施設は福岡市内でも限られています。虚血性脳血管障害が疑われる際には、一刻も早く経皮的血栓回収療法が可能な施設へ救急搬送する必要があります。当院では夜間当直帯等の時間外であってもすぐにMR検査を行うことが出来る体制を整えており、また経皮的血栓回収療法を行うことが出来る医師が24時間365日体制でスタンバイしています。
②脳出血に対するハイビジョン内視鏡を用いた血腫吸収術
尤医師と阿部医師を中心に、オリンパス社製ハイビジョン神経内視鏡を用いた脳神経手術を行っています。従来であれば、開頭して血腫除去を行っていましたが、内視鏡を用い、穿頭にて血腫の除去を行うことができます。手術時間が大幅に短縮でき、手術侵襲も劇的に小さくなります。従来であれば侵襲が大きくて到達できなかった脳深部の病変へも、内視鏡では到達することが可能です。もちろん必要であれば開頭による血腫除去も行うことが出来ます。
③脳卒中・脊髄損傷後遺症に対する痙縮治療
尤医師と阿部医師を中心にボツリヌス毒素注入療法を行っています。対象となるのは多くは脳卒中による片麻痺のあとに痙縮を来した方達です。筋肉を弛緩させる作用があるボツリヌス毒素を、痙縮した筋肉に注射すると、筋肉の痙縮が緩み、日常生活がよりスムーズに行えるようになります。痙縮がより広範囲及ぶ場合は、GABA受容体に作用するバクロフェンを脳脊髄液腔内に持続的に注入し、痙縮を和らげるITB療法があります。石橋医師を中心に手術を行い、良好な成績を得ています。
④脊椎・脊髄疾患
鈴木は1995年にオーストリア・グラーツ大学に留学して以来、約25年にわたって脊椎・脊髄疾患の診療に携わっています。頸椎症に対する自家頸椎を用いた前方固定術(Williams’法)、チタンバスケットを用いた椎弓形成術、腰椎椎間板ヘルニアに対する椎間板切除術(Love法)、腰部脊柱管狭窄症に対する片側椎弓切除術のほか、後縦靱帯骨化症、黄色靱帯骨化症の手術や脊髄腫瘍の手術も行っています。
⑤てんかん診療
石橋医師は福岡市内でも数少ないてんかん専門医として、てんかん診療に従事しています。臨床神経生理学会脳波指導医の資格も有しており、当院の脳波検査は全て石橋医師が判読します。脳波判読を、自信をもって行うことが出来る医師は、実は脳・神経を専門とする医師の中でもそう多くはありません。そのような背景をもとに、難治性てんかんに対する迷走神経刺激術(VNS)、パーキンソン病に対する深部電極埋め込み術(DBS)、慢性疼痛に対する脊髄電極埋め込み術なども行っています。
当院、『脳神経・脊髄疾患治療部』医師は以下のサブスペシャリティーの資格を有します。
日本脳卒中学会専門医:鈴木聡、伊藤理、尤郁偉、阿部悟朗
日本脳卒中の外科学会技術指導医:鈴木聡
日本脳神経血管内治療学会専門医:伊藤理(指導医)、阿部悟朗
日本定位・機能神経外科学会技術認定医:石橋秀昭、尤郁偉
日本てんかん学会専門医・指導医:石橋秀昭
日本臨床神経生理学会認定医(脳波部門、筋電図・神経伝導分野):石橋秀昭
日本てんかん学会迷走神経刺激装置埋め込み術資格認定医:石橋秀昭
髄腔内バクロフェン治療実施医:石橋秀昭、阿部悟朗
ボトックス治療認定医:鈴木聡、石橋秀昭、尤郁偉、阿部悟朗
日本がん治療認定医機構がん治療認定医:石橋秀昭
◇2019年の実績◇
2019年は手術件数140件でした。
直達手術の件数が減って血管内手術が増えました。
脳動脈瘤や頸動脈狭窄に対する治療は血管内治療が主流となっています。
脳血管撮影は、脳血管内治療が増えたのに伴い大幅に増えました。
入院患者数は昨年の666人から674人とわずかながら増えました。
脳血管障害が43%と最も多く、頭部・顔面外傷、めまい、脊椎・脊髄疾患などがこれに続きます。
脳血管障害の82%が急性期でした。
(2020年1月5日 更新。文責 鈴木聡)





手術件数の経時的変化
術式名 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
直達手術 | 脳血管障害 | 開頭動脈瘤頸部クリッピング | 14 | 15 | 6 | 8 | 2 |
開頭血腫除去 | 1 | 4 | 0 | 5 | 3 | ||
内視鏡的血腫除去 | 4 | 6 | 4 | 4 | 4 | ||
定位的脳内血腫除去術 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
動静脈奇形切除 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ||
頸動脈内膜剥離術(CEA) | 1 | 2 | 4 | 5 | 1 | ||
STA-MCA | 5 | 4 | 2 | 3 | 1 | ||
小計 | 25 | 31 | 16 | 25 | 12 | ||
腫瘍 | 開頭腫瘍切除術 | 8 | 5 | 7 | 6 | 8 | |
内視鏡的生検 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | ||
内視鏡下経鼻的下垂体腫瘍切除 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | ||
小計 | 9 | 5 | 9 | 6 | 8 | ||
脊椎・脊髄 | 頸椎頸椎椎弓形成・切除 | 5 | 4 | 3 | 5 | 3 | |
頸椎前方固定術 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | ||
胸椎椎弓切除・OYL | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | ||
腰椎椎間板ヘルニア切除 | 0 | 2 | 0 | 2 | 1 | ||
腰椎椎弓切除 | 0 | 2 | 4 | 8 | 5 | ||
腫瘍 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | ||
小計 | 5 | 8 | 8 | 19 | 11 | ||
外傷 | 急性硬膜外血腫 | 4 | 2 | 0 | 2 | 1 | |
急性硬膜下血腫・脳挫傷 | 2 | 2 | 3 | 7 | 2 | ||
慢性硬膜下血腫 | 19 | 26 | 33 | 25 | 22 | ||
小計 | 25 | 30 | 36 | 34 | 25 | ||
感染 | 脳膿瘍・硬膜下腫瘍 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | |
硬膜外膿瘍 | 2 | 1 | 1 | 0 | 1 | ||
小計 | 2 | 1 | 1 | 2 | 3 | ||
水頭症 | シャント | 12 | 20 | 4 | 8 | 15 | |
脳室外ドレナージ | 3 | 4 | 2 | 4 | 3 | ||
腰椎ドレナージ | 0 | 2 | 2 | 0 | 1 | ||
小計 | 15 | 26 | 8 | 12 | 19 | ||
機能脳神経外科 | 脳刺激電極埋め込み・交換 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3 | |
脳刺激電極抜去 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
脊髄刺激電極埋め込み | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
VNS | 0 | 0 | 1 | 3 | 2 | ||
ITB | 0 | 0 | 2 | 2 | 1 | ||
小計 | 0 | 0 | 4 | 6 | 6 | ||
脳神経外科直達その他 | 頭蓋形成術 | 1 | 2 | 2 | 2 | 3 | |
髄液瘻閉鎖 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ||
減圧開頭術 | 0 | 0 | 1 | 1 | 4 | ||
神経血管減圧術 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | ||
その他 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | ||
小計 | 1 | 2 | 3 | 4 | 10 | ||
脳神経外科直達以外その他 | 気管切開術 | 5 | 8 | 0 | 10 | 4 | |
創傷処置 | 5 | 0 | 5 | 3 | 2 | ||
その他 | 2 | 4 | 0 | 0 | 2 | ||
小計 | 12 | 12 | 5 | 13 | 8 | ||
脳神経外科直達手術合計 | 82 | 103 | 85 | 108 | 94 | ||
うち機能脳神経外科以外 | 82 | 103 | 81 | 102 | 88 | ||
うち機能脳神経外科とその他以外 | 81 | 101 | 78 | 98 | 78 | ||
血管内手術 | 動脈瘤コイル塞栓術 | 6 | 6 | 3 | 1 | 11 | |
経皮的頸動脈ステント留置(CAS) | 6 | 7 | 2 | 4 | 10 | ||
経皮的血行再建術 | 12 | 5 | 3 | 6 | 7 | ||
エリル動注 | 2 | 0 | 0 | 0 | 3 | ||
血管塞栓術(腫瘍・AVM・AVF) | 0 | 2 | 1 | 2 | 7 | ||
血管内手術合計 | 26 | 20 | 9 | 13 | 38 | ||
手術合計 | 120 | 135 | 99 | 134 | 140 | ||
うち機能脳神経外科以外 | 108 | 123 | 90 | 115 | 126 | ||
うち機能脳神経外科とその他以外 | 107 | 121 | 87 | 111 | 116 | ||
広報誌かがやき2014年特集号
エビデンスに基づいた標準的治療の実践
脳神経・脊髄疾患治療部本部長 鈴木 聡 医師
